片山津温泉の歴史

昭和二年の夏、俳人碧梧桐が来泊。
求めに応じて特異の書体で「矢田屋」の屋号額を揮亳されました。以来、正面玄関に掲げ、長く矢田屋松濤園の表識となっております。

片山津の名が文献に所見されるのは、室町時代。潟山津と書くことから、「山ふところの舟着場」であったろうと推測されます。柴山潟中に温泉が湧出していることは、江戸時代、鷹狩りに来ていた大聖寺藩主前田利明が湖上に水鳥が群遊することから発見したと伝えられています。しかし、泉源が湖中にあったことから何度も汲み上げを試みるも失敗。温泉開発に成功したのは、明治9年。松材三万本を使い一町歩を埋め立て人工島を造り、湖岸から橋をかけ、入浴に渡ることができるようになりました。